せかいのめいさく劇場
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黒人文学女性自己発見

彼らの目は神を見ていたTheir Eyes Were Watching God

Zora Neale Hurston / アメリカ / 1937年 ・ 読了目安 240分

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三度結婚し、三度違う生き方を試みた黒人女性が、最後に自分自身に辿り着いた。

『彼らの目は神を見ていた』のイメージイラスト
『彼らの目は神を見ていた』のイメージ(AIによる生成イラスト)
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主な登場人物

  • ジェイニー・クロフォード物語の主人公。三度の結婚を通じて、他者に定義される人生から自分の言葉で語る人生へと歩みを進めていく。
  • 祖母(ナニー)奴隷制度を生き延びた経験から、ジェイニーに経済的安定を最優先させ、若くして結婚を強く勧める。その選択が最初の不幸な結婚を招く。
  • ジョー・スタークス弁の立つ野心家で、イートンヴィルの町長にまで成り上がる。ジェイニーを「町長夫人」という飾り物にし、彼女の言葉を奪う存在として描かれる。
  • ティー・ケイクジェイニーより年下の農作業者。ジョーの死後にジェイニーと出会い、初めて対等な関係を築く相手となるが、ハリケーンの災禍が二人の関係に悲劇的な結末をもたらす。
  • フィービージェイニーの古くからの友人。物語の聞き手として登場し、ジェイニーが自らの人生を語り直すための対話の相手を務める。

あらすじ

あらすじ(ネタバレあり)

フロリダ州の黒人コミュニティ。ジェイニー・クロフォードは40代で故郷イートンヴィルに帰ってくるところから物語が始まる。噂話に飢えた近隣住民の視線を浴びながら、ジェイニーは古い友人フィービーに、これまでの半生を語って聞かせる。

物語は回想形式で進む。少女時代のジェイニーは、白人の家の裏庭で育ち、写真に写った自分を見て初めて自分が黒人だと気づいた瞬間から、「自分が何者か」という問いを抱え始める。16歳のとき、奴隷時代を生き延びた祖母に強く勧められ、土地持ちの農民ローガン・キリックスと結婚するが、そこにあったのは安定ではあっても愛のない生活だった。ジェイニーは梨の木の下で見た花粉と蜂の交わりのような、魂が震える恋を夢見ていたが、キリックスとの結婚生活はその理想とあまりにかけ離れていた。

そこへ現れたのが、弁が立ち野心にあふれる若い男ジョー・スタークスである。ジェイニーは彼と駆け落ちし、フロリダの黒人自治町イートンヴィルへ移る。ジョーは店を構え、やがて町長にまで上り詰めるが、同時にジェイニーを「町長夫人」という飾り物の座に押し込め、公の場での発言を封じ、店番として人前に立たせながらも人間としての言葉を奪っていく。店の軒先では、集まった男たちが冗談や自慢話の応酬を繰り広げる独特の話芸の文化が花開いていたが、ジェイニーがそこに加わることは決して許されなかった。二十年におよぶこの結婚の中で、ジェイニーの内面は少しずつ死んでいく。

ジョーの死後、ジェイニーはずっと年下の農作業者ティー・ケイクと出会い、恋に落ちる。周囲は「若い男に財産を狙われている」と噂するが、ジェイニーは構わずティー・ケイクとともにフロリダ南部の農場地帯へ移り住む。町長夫人として着飾ることを強いられていた日々とは対照的に、ジェイニーはオーバーオール姿で畑仕事に加わり、対等なパートナーとして働き、笑い、時には喧嘩もする人生を初めて経験する。

だが幸福は長くは続かない。大型ハリケーンが農場一帯を襲い、避難の混乱の中で狂犬病を持った犬がティー・ケイクを噛む。発症したティー・ケイクは正気を失い、銃を手にジェイニーに襲いかかる。ジェイニーは自らの命を守るために彼を撃ち、殺してしまう。裁判にかけられるが無罪となり、ジェイニーは一人、故郷イートンヴィルへ帰り着く。フィービーへの長い語りを終えたジェイニーの胸には、喪失と同時に、自分の人生を自分の言葉で語り終えたという静かな充足がある。「愛は太陽のようなもの——昇ることも沈むこともある」。

読みどころ

  • ハーレム・ルネサンスの女性作家が書いた自己発見の物語
  • 黒人南部方言で書かれた対話の生き生きとした美しさ
  • 長らく埋もれていたが70年代にアリス・ウォーカーが再評価した

なぜ読み継がれるのか

現代の読者が本作に強く惹きつけられる理由の一つは、ジェイニーが「声」を獲得していく物語だからだ。ジョー・スタークスとの結婚生活で彼女に課されたのは、経済的な庇護と引き換えに沈黙を強いられるという取引だった。店の前に集う男たちが機知を競い合う場に、ジェイニーは加わることを許されない。ハーストンはこの抑圧を声高に告発するのではなく、ジェイニーが胸の内でどれだけ豊かな言葉を持っていたかを、地の文の詩的な饒舌さによって示す。誰かに黙らされた人間の内面がどれほど雄弁でありうるかを描いた点に、本作の批評性がある。しかも物語全体が、店先で奪われた発言権をジェイニーが最後にフィービーへの語りという形で取り戻す構造になっている。声を封じられた過去を、声を取り戻した現在から語り直すという二重構造そのものが、抑圧からの回復というテーマを形式面で体現している。

もう一つの軸は、三度の結婚がそれぞれ異なる支配の形を体現している点だ。ローガンとの結婚は生存のための結婚であり、ジョーとの結婚は所有物としての妻という体制であり、ティー・ケイクとの関係だけが、対等な労働と対等な発言を伴うパートナーシップとして描かれる。この三段階の構図は、愛と自立、経済的安定と自己決定がしばしば両立しないという、今なお多くの読者が実感する葛藤をそのまま提示している。ティー・ケイクとの関係にも影がないわけではないが、それでもジェイニーが初めて対等な関係性を知る場として機能している点は揺るがない。

そして本作を語るうえで欠かせないのが、テクストそのものの運命である。出版当初、一部の黒人男性批評家からは「政治性が足りない」と評され、ハーストン自身は困窮のうちに世を去り、しばらくは絶版のまま忘れられていた。それを掘り起こしたのが、後にアリス・ウォーカーをはじめとする女性作家たちである。誰の声が記録され、誰の声が消されるのかという主題は、作品の内部だけでなく、作品が辿ってきた受容の歴史そのものにも刻まれている。読み継がれてきたこと自体が、この小説のテーマを裏書きしている。

主な登場人物

ジェイニー・クロフォード — 物語の主人公。三度の結婚を通じて、他者に定義される人生から自分の言葉で語る人生へと歩みを進めていく。

祖母(ナニー) — 奴隷制度を生き延びた経験から、ジェイニーに経済的安定を最優先させ、若くして結婚を強く勧める。その選択が最初の不幸な結婚を招く。

ジョー・スタークス — 弁の立つ野心家で、イートンヴィルの町長にまで成り上がる。ジェイニーを「町長夫人」という飾り物にし、彼女の言葉を奪う存在として描かれる。

ティー・ケイク — ジェイニーより年下の農作業者。ジョーの死後にジェイニーと出会い、初めて対等な関係を築く相手となるが、ハリケーンの災禍が二人の関係に悲劇的な結末をもたらす。

フィービー — ジェイニーの古くからの友人。物語の聞き手として登場し、ジェイニーが自らの人生を語り直すための対話の相手を務める。

印象的な場面

梨の木の下の目覚め

少女時代のジェイニーが庭の梨の木の下に横たわり、花に群がる蜂の羽音を見つめる場面は、この小説全体の抒情の原点となっている。花粉にまみれた蜂と花の交わりを、ジェイニーは恋愛と結婚の理想像として胸に刻み込む。以後の三度の結婚は、すべてこの場面で得たイメージとの距離によって測られていくことになる。ローガンとの結婚がなぜ彼女を苦しめたのか、ジョーとの生活がなぜ彼女の内面を殺していったのかは、いずれもこの梨の木のイメージに照らして初めて理解できる。ハーストンは説明的な言葉でこの理想を語らず、自然描写そのものに欲望と成熟の芽生えを担わせている。だからこそこの場面は、抽象的な「自己実現」というテーマを、身体感覚を伴う具体的なイメージへと変換する役割を果たしており、読者はジェイニーの渇望を理屈でなく感覚として追体験することになる。

店先で言い返す場面

長年にわたり人前での発言を封じられてきたジェイニーが、店に集う客たちの前でジョーの老いをからかい返す場面は、物語の力学が反転する瞬間として描かれる。それまでジョーは店の帳場に立つジェイニーの容姿をからかい、笑いものにすることで自分の権威を確認してきた。しかしこの日、いつものように容姿を揶揄されたジェイニーは、初めて黙らず、ジョーの老いと衰えを人前で言い返す。居合わせた男たちの間に走る沈黙と笑いは、ジョーがそれまで築いてきた「町長」という権威の土台が、実は妻を黙らせることで支えられていたに過ぎないことを露わにする。この一言以降、ジョーは急速に体調を崩し、二人の関係も終わりへ向かっていく。声を封じられていた側が言葉を取り戻した瞬間、支配する側の権威がいかに脆いものだったかが露呈するという構図は、本作が繰り返し描く力学そのものである。

ハリケーンの夜と裁判

ハリケーンがフロリダ南部の農場地帯を襲う夜の場面は、それまでの牧歌的な農場生活の空気を一変させる。ジェイニーとティー・ケイクは風雨の中を逃げ惑い、その混乱の最中に、ティー・ケイクは飼い犬を助けようとして狂犬病を持つ犬に噛まれてしまう。この一噛みが、後に彼の理性を奪い、ジェイニーとの関係を破局へと導く導火線になる。自然災害という個人の力では抗えない暴力が、二人がようやく築いた対等な関係を静かに侵食していく展開は、幸福が外部の力によっていとも簡単に壊されうるという小説全体の不穏さを凝縮している。そして正気を失ったティー・ケイクを自らの手で撃たねばならなかった場面、さらにその後の裁判でジェイニーが黒人女性でありながら白人陪審によって無罪となる場面は、個人の悲劇と当時の人種・ジェンダーをめぐる社会構造とが交差する瞬間として重い意味を持つ。愛する者を自らの手で失う痛みと、生き延びて自分の物語を語る権利を手にする過程が、ここで同時に描かれている。

読後の1冊

本作に描かれた「自分の声を取り戻す」というテーマにさらに深く触れたい読者には、ジェイニーの物語を再発見し世に知らしめた張本人でもあるアリス・ウォーカーのカラーパープルを薦めたい。同じく虐げられた黒人女性が、手紙という自らの言葉を通じて人生を取り戻していく物語であり、本作との響き合いは強い。また、結婚という制度の中で窒息していく女性の目覚めを描いた作品としては、時代もリアリズムのスタイルも異なるが、ケイト・ショパンのめざめが近い問題意識を共有している。声を封じられた女性の内面を語りの力そのもので取り戻す小説として、マーガレット・アトウッドの侍女の物語も、あわせて手に取る価値がある。

ONE MORE CLASSIC

読後の1冊

物語の余韻を、次の名作へつなげるための選書です。

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