青春成長
ライ麦畑でつかまえてThe Catcher in the Rye
J.D. Salinger / アメリカ / 1951年 ・ 読了目安 240分
本ページはプロモーション(アフィリエイト広告)が含まれています。
16歳の少年が世界の「うそくさい」と戦う、永遠の青春小説。
目次・登場人物を見る
主な登場人物
- ホールデン・コールフィールド語り手にして主人公。16歳で四校目の退学を経験し、大人社会の「うそくささ」に苛立ちながら三日間ニューヨークをさまよう。
- フィービー・コールフィールドホールデンの10歳の妹。物語終盤で唯一彼が本音を打ち明けられる相手であり、回転木馬に乗る姿が兄の心を動かす。
- アリー・コールフィールドホールデンの亡き弟。白血病で早世しており、彼が持ち歩く野球のグローブがその記憶を静かに語り続ける。
- D.B.コールフィールドホールデンの兄でハリウッドの脚本家。かつて短編作家として認めていた兄が「売文」に走ったことを、ホールデンは内心軽蔑している。
- サリー・ヘイズホールデンの元交際相手。デート中に田舎へ逃げようという彼の提案を退け、二人の価値観の隔たりを浮き彫りにする。
- アントリーニ先生ホールデンのかつての英語教師。行き場を失った彼を家に泊めるが、その夜の出来事が二人の関係に不穏な影を落とす。
あらすじ
あらすじ(ネタバレあり)
ニューヨーク州のペンシー高校に通う16歳のホールデン・コールフィールドは、五教科中四教科を落として退学処分を受ける。出発前には世話になった老齢の歴史教師スペンサー先生に別れの挨拶に立ち寄るが、成績不振を諭されるばかりで気まずい思いをする。ルームメイトのストラドレイターが、ホールデンの大切な幼なじみジェーン・ギャラガーとデートしたことを知り取っ組み合いになった夜、彼は寮を飛び出しニューヨーク市へと向かう。帰省予定日を待たず、誰にも告げずに赤いハンチング帽をかぶって街をさまよう決意をしたのだ。
3日間の放浪のなかでホールデンはエドモントホテルに投宿し、ナイトクラブで年上のツーリスト女性三人組に酒代をおごって空回りし、娼婦に部屋へ来るよう呼びかけて土壇場で怖じ気づき、その後ポン引きに金を巻き上げられて殴られる。朝食の場で出会った二人の修道女には気前よく寄付をする一方、気取ったピアニストの店では一人浮いた気分を味わう。元カノのサリー・ヘイズとはラジオシティでスケートをした後、二人で田舎に逃げようという彼の提案が拒絶されて口論になる。旧友カール・ルースと酒を飲み、酔った勢いでセントラルパークの池を訪れては、冬の間あの鴨たちはどこへ行くのかと真剣に考え込む。彼はずっと「大人はみんなうそくさい(phony)」と感じ、純粋だった子ども時代を守りたいと思っている。
物語のクライマックスで、家族に見つからないよう忍び込んだ自室で、ホールデンは妹のフィービーに「ライ麦畑のキャッチャー」になりたいと語る。崖のそばのライ麦畑で遊ぶ子どもたちが落ちないよう捕まえる存在、それが彼の夢だ。しかし実際には彼自身が助けを必要としていた。その後、恩師アントリーニ先生の家に一晩泊めてもらうが、夜中に目を覚ました拍子に不穏な気配を感じ取り、逃げるように部屋を後にする。
西部へ一人旅立とうと決めたホールデンは、待ち合わせ場所の自然史博物館で、展示物だけは何年経っても変わらないことにふと安心を覚える。最後にフィービーに別れを告げに行くと、ついて行くと言い張る妹をなだめるため、二人はセントラルパークの動物園へ向かい、雨の中フィービーが回転木馬に乗る姿を彼はただ眺め続ける。最終的にホールデンは精神的に崩壊し、療養施設に入院する。翌年には学校に戻る予定だという。「みんなのことが恋しい」という言葉で物語は終わる。否定し続けてきたすべてに愛着を感じている自分に、彼は気づいていた。
読みどころ
- ホールデンの毒舌な一人語りはユーモアと悲哀が同居する
- 「うそくさい」という言葉に凝縮された思春期の疎外感
- 妹フィービーとの場面が唯一の救済として機能する
- 「ライ麦畑のキャッチャー」というメタファーの美しさ
なぜ読み継がれるのか
ホールデンが繰り返す「phony(うそくさい)」という断罪は、単なる大人批判ではない。ストラドレイターが手際よく髭を剃りながら女の子の話をする仕草、エドモントホテルのロビーで気取った身振りを交わす客たち、母校への寄付を美談として語る卒業生。サリンジャーが描くのは、悪意ある嘘ではなく、社会に適応するために誰もが身につけていく「型」そのものである。SNS上で人がプロフィールを整え、言葉を選び、承認されやすい自分を演じる現代の読者にとって、ホールデンの苛立ちは古い時代の反抗として片づけられない実感を伴う。皮肉なのは、ホールデン自身も列車で乗り合わせた同級生の母親に偽名を名乗るなど、絶えず「うそ」を重ねている点だ。彼が憎むのは嘘そのものではなく、嘘に自覚がないまま押しつけられる薄っぺらさなのだと分かる。
同時にこの小説は、ホールデンが直接語らない喪失の物語でもある。弟アリーが白血病で亡くなったことは作中でごく断片的にしか触れられないが、彼が肌身離さず持ち歩く詩を書き込んだ野球のグローブや、墓地の描写に対する異様な拒絶反応は、語られない悲しみの重さを示している。「うそくさい」という怒りの底には、失ったものを失ったと認めることへの恐れが横たわっている。トラウマや悲嘆を語る言葉が格段に増えた今の読者は、ホールデンの饒舌な皮肉の下にある沈黙を、かつてより正確に読み取れるはずだ。
さらに、この作品は成長を達成としてではなく喪失として描く点で今も異色である。ライ麦畑でキャッチャーになりたいという願いは、子どもたちが大人にならずに済むよう守りたいという、時間そのものへの抵抗だ。そもそもこの夢自体、友人が口ずさんだ詩の一節をホールデンが聞き違えたことから生まれた、いわば誤解の産物である。守りたいという願いの切実さと、その拠り所が最初から少しずれているという事実が同居するところに、この小説特有の乾いたユーモアがある。経済的な自立と精神的な成熟のあいだの開きが広がり続ける現在、いつまでも「大人になりきれない」感覚は特殊な弱さではなく、ごく一般的な体験に近づいている。療養施設に入ったホールデンが本当に回復するのかを小説は明言しない。その宙づりのまま終わる誠実さもまた、安易な立ち直りの物語に慣れた読者の心に長く残り続ける理由のひとつだろう。
主な登場人物
ホールデン・コールフィールド — 語り手にして主人公。16歳で四校目の退学を経験し、大人社会の「うそくささ」に苛立ちながら三日間ニューヨークをさまよう。
フィービー・コールフィールド — ホールデンの10歳の妹。物語終盤で唯一彼が本音を打ち明けられる相手であり、回転木馬に乗る姿が兄の心を動かす。
アリー・コールフィールド — ホールデンの亡き弟。白血病で早世しており、彼が持ち歩く野球のグローブがその記憶を静かに語り続ける。
D.B.コールフィールド — ホールデンの兄でハリウッドの脚本家。かつて短編作家として認めていた兄が「売文」に走ったことを、ホールデンは内心軽蔑している。
サリー・ヘイズ — ホールデンの元交際相手。デート中に田舎へ逃げようという彼の提案を退け、二人の価値観の隔たりを浮き彫りにする。
アントリーニ先生 — ホールデンのかつての英語教師。行き場を失った彼を家に泊めるが、その夜の出来事が二人の関係に不穏な影を落とす。
印象的な場面
フィービーの部屋、ライ麦畑の夢
家族に気づかれないよう忍び込んだ自室で、ホールデンは妹フィービーに問い詰められる。「あなたは何になりたいの」と聞かれた彼は、崖のそばのライ麦畑で遊ぶ子どもたちが誤って落ちないよう捕まえる「キャッチャー」になりたいのだと答える。この場面が効くのは、ホールデンが自分自身のために何かを望んだ瞬間として初めて描かれるからだ。それまで彼は他人の「うそくささ」を暴くことにばかり言葉を費やしてきたが、ここで初めて肯定的な願いを口にする。しかもその願いは、子どもを大人にしないための番人という、実現不可能な夢である。フィービーという聞き手を得て初めて、ホールデン自身が誰よりも助けを必要としている子どもであることが浮かび上がる。
アントリーニ先生の部屋を出る夜
行き場を失ったホールデンを、かつての恩師アントリーニ先生が自宅に泊める。先生は彼を気遣い、将来について誠実な助言まで与えるが、夜中に目を覚ましたホールデンは、先生が自分の頭を撫でている様子に恐怖を覚え、着替えもそこそこに部屋を飛び出してしまう。この場面が読者を落ち着かなくさせるのは、その行為が本当に不穏なものだったのか、ホールデンの疑心暗鬼が生んだ誤解だったのか、小説が最後まで判断を保留するからだ。信頼できるはずの大人にすら安心して身を委ねられないという事実は、彼の孤立がどれほど深いかを何よりも雄弁に物語っている。この夜の記憶はホールデンのその後の回想にも影を落とし、対人不信を象徴する挿話として読者の解釈を長く分けてきた。
雨の中の回転木馬
西部への旅立ちを決めたホールデンは、最後にフィービーへ別れを告げに行くが、ついて行くと駄々をこねられ、結局セントラルパークの動物園で回転木馬に乗せることになる。雨が降り出しても彼は木の下で濡れるままフィービーを眺め続け、金の輪を取ろうと手を伸ばす妹の姿に、ふいに「ものすごく幸せ」だと感じる。この場面が物語の着地点として機能するのは、ホールデンがここで初めて何かを「捕まえよう」とするのをやめるからだ。落ちそうな子どもを守るのではなく、落ちる危険も含めて子どもが遊ぶ姿をただ見守ること。びしょ濡れになる自分を気にも留めないその姿に、格好つけて世界を斜めに見ていた彼の変化がにじむ。キャッチャーになるという夢を手放した瞬間に、彼は皮肉にもキャッチャーの本当の意味に近づいている。
読後の1冊
「うそくささ」への苛立ちを抱えたまま社会からはみ出していく主人公という点では、ハックルベリー・フィンの冒険がホールデンの直接の先祖にあたる。口語的な一人称語りで大人の偽善を暴いていく手法は、サリンジャーが色濃く受け継いだものだ。喪失と孤独を抱えたまま都市をさまよう感覚をもっと大人びた形で味わいたいなら、ノルウェイの森が近い読後感を残すだろう。死者の記憶を抱えながら生きていく登場人物たちの姿は、アリーを失ったホールデンの心情と静かに響き合う。あてもない旅そのものに救いを求める衝動をさらに追いかけたい読者には、路上を薦めたい。定住社会の「型」から逃げ続けるケルアックの語り口は、ホールデンが抱いていた反抗心の、その先にある姿かもしれない。
原作で読む
READ THE ORIGINAL
『ライ麦畑でつかまえて』を読む
各サービスの価格や読み放題・聴き放題の対象状況は、リンク先でご確認ください。