せかいのめいさく劇場
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ロスト・ジェネレーション恋愛虚無

日はまた昇るThe Sun Also Rises

Ernest Hemingway / アメリカ / 1926年 ・ 読了目安 220分

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傷ついた世代が酒と恋と闘牛に溺れながら、それでも生きようとした記録。

『日はまた昇る』のイメージイラスト
『日はまた昇る』のイメージ(AIによる生成イラスト)
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主な登場人物

  • ジェイク・バーンズ語り手を務めるアメリカ人記者。第一次世界大戦の負傷により性的不能となり、愛するブレットと結ばれない苦しみを抱えたまま日々を送る。
  • レディ・ブレット・アシュリー奔放なイギリス人女性。ジェイクを愛しながらも複数の男性の間を渡り歩き、若い闘牛士ロメロへの愛を自ら断ち切る強さと危うさを併せ持つ。
  • ロバート・コーンユダヤ系のアメリカ人作家。ブレットへの一途な執着から周囲との軋轢を生み、パンプローナで嫉妬に駆られて暴力沙汰を起こす。
  • マイク・キャンベルブレットの婚約者である退役軍人。破産して自嘲的な皮肉を口にし続け、コーンへの敵意を隠さない。
  • ペドロ・ロメロ十九歳の天才的な若き闘牛士。祭りの熱狂の中でブレットに見初められ、その恋愛が彼の未来を左右しかねない危うさを帯びる。

あらすじ

あらすじ

第一次世界大戦の傷跡を抱えたアメリカ人記者ジェイク・バーンズは、戦傷により性的不能となっている。パリでは同世代の傷ついたアメリカ人・イギリス人たちが、行き場のない虚無感を酒と社交で埋めながら夜な夜な酒場を転々としていた。ジェイクもまた、恋愛感情の伴わないパリの娼婦ジョルジェットを誘って夜のカフェを回るなど、満たされない身体を持て余したまま享楽的な日々に流されている。ジェイクは自由奔放なイギリス人女性レディ・ブレット・アシュリーを深く愛しているが、肉体的な関係を持てない苦しさを抱え続けている。ブレットもまたジェイクを愛しているが、満たされない関係に耐えられず、次々と別の男へと流れていく。

ブレットは元婚約者で退役軍人のマイク・キャンベルと婚約中でありながら、ユダヤ系の作家ロバート・コーンとも短い関係を持つ。コーンはブレットへの一途な思いを引きずり、周囲の冷笑を買いながらも彼女を追い続ける厄介な存在として描かれる。物語の中盤、ジェイクは友人ビル・ゴートンとスペインのブルゲーテで釣り旅行を楽しみ、束の間の平穏を味わうが、その静けさはやがてパンプローナの闘牛祭の喧騒に飲み込まれていく。

祭りの宿ではホテルの主人モントーヤが、本物の「アフィシオン(闘牛への情熱)」を持つジェイクを特別扱いするが、その信頼はブレットが十九歳の若き闘牛士ペドロ・ロメロに熱烈に惹かれたことで揺らいでいく。ジェイクはブレットとロメロを引き合わせる役を担わされ、モントーヤの信頼を裏切る形で深く傷つく。祭りの朝には毎日、街路を牛が疾走する牛追いが行われ、興奮した群衆が酒を片手に踊り騒ぐ一方で、ある年には牛に突かれて一般参加者が命を落とす事故も起き、浮かれた祝祭の底に潜む死の気配が顔をのぞかせる。

パンプローナの祭りは酒と嫉妬と諍いに彩られ、友人たちの関係は次第に崩壊していく。コーンはロメロとの関係を知り激昂してジェイクとロメロの双方に暴力を振るい、ブレットはロメロと共に逃げるが、若い才能を自分が壊してしまうことを恐れ、みずからロメロのもとを去る。祭りが終わると一行は散り散りになり、コーンは恥じ入るように早々に姿を消し、マイクは借金を抱えたまま現地に取り残される。ジェイクはひとり静かなサン・セバスティアンへ移って海で泳ぎ、傷をなだめるような数日を過ごすが、そこにブレットからの電報が届き、マドリードへ来てほしいと告げられる。

物語の結末でブレットはジェイクに連絡を取り、二人はマドリードで再会する。タクシーの中でブレットは「二人でうまくやれたのに」とつぶやき、ジェイクは「そう思うと気持ちがいいな」と答えてストーリーは閉じる。何も解決せず、癒えない傷だけが登場人物たちの間に残る幕切れである。

読みどころ

  • 「何も起こらない」小説でありながら、省略と余白による「氷山理論」が読者に深い余韻を残す
  • 戦後世代の漂流感・アルコール依存・性的不能が、喪失の時代を象徴する文学的記念碑となっている
  • パンプローナの闘牛祭という祝祭空間が、登場人物たちの虚無と欲望を増幅する装置として機能する
  • ヘミングウェイ文体の極致——短文・直接描写・感情の抑制が生む緊張感と叙情性

なぜ読み継がれるのか

ジェイクの傷は比喩ではなく、物語全体を通じて一度も治らない。現代の物語であれば、主人公はセラピーを受け、少しずつ回復し、何らかの和解に至るという筋書きをたどりがちだ。しかし『日はまた昇る』はそうした「癒しの物語」を最初から拒んでいる。戦傷は消えず、ブレットとの関係も最後まで結ばれない。この徹底した未解決性が、トラウマは処理して乗り越えるものだという現代的な語りへの静かな反論として機能している。語り手であるジェイクが記者という「見る側」の職業に置かれ、自ら物語を動かす主体になれないまま友人たちの破局を眺め続ける構図もまた、能動的な回復や英雄的克服を求めがちな物語文化への異議として読める。心の傷を抱えたまま生きていくしかない人間の姿を、感傷を排した文体で描いたことが、百年近く経っても色褪せない理由の一つだ。

もう一つの軸は「アフィシオン」という概念である。闘牛への本物の情熱を持つ者だけがホテルの主人モントーヤに認められ、金を払って見世物として消費するだけの旅行者は見下される。この構図は皮肉なことに、小説の舞台となったパンプローナの祭り自体が、今や作品に憧れて押し寄せる観光客で埋め尽くされているという現実と重なる。作品が描いた「本物」への渇望そのものが観光資源として消費されてしまうという逆説は、体験がコンテンツ化された現代においてむしろ切実さを増している。本物であることと消費されることの境界線をどこに引くかという問いに、簡単な答えは用意されていない。

ブレット・アシュリーという人物像も、単純な断罪や称賛を許さない造形として読み継がれてきた。複数の男性の間を渡り歩く彼女は、当時の道徳観からすれば批判されて当然の存在として描かれかねなかったが、ヘミングウェイは彼女を悪女にも被害者にも仕立てない。ロメロを愛しながらも、若い才能を破壊しないために自ら身を引く判断力を彼女に与えている点は、女性の自由と自己破壊性を単純化せずに描いた稀有な例と言える。読者はブレットを裁くための足場を最後まで与えられず、その判断を保留したまま本を閉じることになる。女性の自律をめぐる議論が続く現在においても、ブレットという人物は簡単な結論を拒み続ける。

主な登場人物

ジェイク・バーンズ — 語り手を務めるアメリカ人記者。第一次世界大戦の負傷により性的不能となり、愛するブレットと結ばれない苦しみを抱えたまま日々を送る。

レディ・ブレット・アシュリー — 奔放なイギリス人女性。ジェイクを愛しながらも複数の男性の間を渡り歩き、若い闘牛士ロメロへの愛を自ら断ち切る強さと危うさを併せ持つ。

ロバート・コーン — ユダヤ系のアメリカ人作家。ブレットへの一途な執着から周囲との軋轢を生み、パンプローナで嫉妬に駆られて暴力沙汰を起こす。

マイク・キャンベル — ブレットの婚約者である退役軍人。破産して自嘲的な皮肉を口にし続け、コーンへの敵意を隠さない。

ペドロ・ロメロ — 十九歳の天才的な若き闘牛士。祭りの熱狂の中でブレットに見初められ、その恋愛が彼の未来を左右しかねない危うさを帯びる。

印象的な場面

ブルゲーテの釣り旅行

パンプローナの祭りが始まる前、ジェイクは友人ビル・ゴートンとスペイン北部の山村ブルゲーテへ足を延ばし、渓流での釣りに興じる。ワインと簡素な食事、川のせせらぎ、女性も酒場の喧騒もない静かな数日間が、抑えた筆致で丁寧に描かれる。この場面が効くのは、それが物語全体の中で唯一「何も壊れていない」時間だからだ。パンプローナで待ち受ける嫉妬や暴力、崩れていく友情との対比によって、ここでの穏やかさが際立ち、ジェイクたちが本来持ちえたはずの生き方を読者に想像させる。感情を直接語らず、釣りや食事といった身体的な行為の描写だけで満ち足りた時間を伝えるこの章は、ヘミングウェイの「氷山理論」がもっとも純粋な形で機能した箇所と言ってよい。

ロメロの闘牛

祭りのさなか、ペドロ・ロメロが闘牛場でみせる技術は、他の闘牛士たちの見世物じみた動きとは一線を画す、無駄のない「本物」の様式として描かれる。ジェイクはブレットの隣でその技術的な意味を解説し、ブレットは危険と美が同居する若い闘牛士の姿に魅了されていく。この場面が印象に残るのは、それまで抽象的な概念にとどまっていた「アフィシオン」が、初めて目に見える身体的な行為として立ち上がるからだ。闘牛は単なる見世物の描写ではなく、パリの退廃した人間関係には存在しない真剣さと危うさの象徴として機能し、後にコーンの暴力とブレットの略奪という破局を呼び込む導火線にもなっている。

マドリードのタクシー

物語の最後、ブレットとジェイクはマドリードのホテルで再会し、タクシーに乗り込む。ブレットが「二人でうまくやれたのに」ともらすと、ジェイクは皮肉めいた一言で応じ、車は雑踏の中を進んでいく。この短いやり取りが強い余韻を残すのは、感傷に流れかけた瞬間をジェイクの一言が即座に断ち切り、二人の間の傷が結局何も癒えていないことを静かに突きつけるからだ。窓の外を流れる交通整理の警官の棍棒など、二人の破局的な感情とは無関係に動き続ける都市の光景が挿入されることで、個人の悲劇に対して世界が無関心であり続けるというヘミングウェイ特有の突き放した視点が最後まで貫かれている。

読後の1冊

戦争が残した消えない傷という主題をさらに深く味わいたいなら、同じヘミングウェイによる武器よさらばを手に取ってほしい。第一次世界大戦を舞台に、恋愛と喪失をより直接的に描いた作品であり、『日はまた昇る』の登場人物たちが抱える傷の起源を別の角度から見つめ直せる。

抑制された文体と「何も起こらない」構成に惹かれた読者には、老漁師と一匹の魚をめぐる寡黙な闘いを描く老人と海を薦めたい。饒舌さを排した文章がどこまで感情を運べるかを、より凝縮された形で確認できる一冊だ。

社会の枠組みの中で結ばれない恋を選び取る人物という点では、無垢の時代も響き合う。ブレットがロメロを手放した判断と、そこに漂う諦念とほろ苦さを対比しながら読むと、また違った味わいが見えてくる。

ONE MORE CLASSIC

読後の1冊

物語の余韻を、次の名作へつなげるための選書です。

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